【下着泥棒】💜
- 2018/01/25
- 19:45
【はざまの思考】
僕は勝ったと思った。
彼は、負けた顔をしなかった。
僕は負けたと思った。
彼は、勝った顔をしなかった。
浮いているブラジャー、片玉を隠しきれないパンティ、
年齢相応にたるんだ肉体、そして何よりも、
キケンな人間特有の、事をやらかす前、もしくは、やらかした後、
あるいは、その両方を感じさせる、焦点の不明な上目づかい。
眼前で、”気をつけ”の姿勢で直立する中年男は完全なる異常者だったが、
微動だにしない姿勢は不動の精神そのものだった。
隣に立つ警察官よりも、よほど警察官らしい直立具合だった。
”この変態に、変態の分野で勝負を挑みたい”
それは、僕がはじめて、自分の中に”男”を自覚した瞬間だった。
僕は、このほんの1時間で、”男”になってしまったのだった。
否、男にされたのだ。
この、女装中年に。
勝利が男を作るのではない。勝負することなのだ。
勝利が男を作るのならば、男を捨てることなのだ。
負けを恐れるな。
中年男の女装はそう言っている。雄弁に。
まるで、このまま銅像となって、君臨するとしても、不思議ではないと思った。
--1時間前。
【下着泥棒】
ねえ、もう、これでアタシの下着6セットなくなっちゃってるの。
ミヨちゃんのその発言から読み取れること。
ミヨちゃんは、下着を盗まれたという生理的不快や、身の危険、ということ以上に、
経済的な打撃がバカにならない、と思っているようだった。
そういう口調だった。
コインランドリー通いを余儀なくされる、洗濯機置き場もないアパート暮らしや、
最愛の、最初の、そしてきっと最後の、恋人であるミヨちゃんに、
お金の心配をさせてしまっていること、
そういう不甲斐なさのあれやこれやが胸に渦巻いて、暗い気分になった。
初めての彼女ができて、人生最良の時間が流れて、
でも、現実は、ボロアパート住まいの売れない芸人のまま。
次はどんな下着買おうかな。
気丈にも、そうやって笑うミヨちゃんを見て、暗い気分は、暗い決意に至った。
、、、捕まえてやる。
【コスチューム】
捕まえてやる。
とは言え。
僕は、芸人になったことが奇跡だと思えるほど、人見知りで、度胸がなく、
危うきには絶対近寄りたくない人種なのだった。
喧嘩などになってしまったらどうしよう。
とは言え。
勝負なのだ。今日のコインランドリーは、戦場なのだ、舞台なのだ。
とりあえず見た目で威嚇しよう。
コント衣装の中から、それっぽいものを選んだ。
虎と龍の刺繍されたダボダボのデニム、鯉が滝を昇るTシャツ、そして手ぬぐいを目深に巻く。
気分は、屈強なラーメン屋、という感じだ。
屈強なラーメン屋の僕は、コインランドリーに出向いた。
彼女の下着、僕の(昨晩おあづけをくらってガマン染みのできた)下着、
そして、弱々しいメンタリティを洗い流しに、、、
【さっそく変態現る】
洗濯機はまわりだした。ゴングは鳴った、ということだ。
僕はコインランドリー向かいの駐車場で、犯人が現れるのを待った。
そう都合よく現れるのか、という不安は、どこかに、
現れないでほしい、という期待を含んでいて、それは僕がビビっている証拠だった。
つまり僕は緊張していた。
深呼吸だ。
息を吸いながらコインランドリーを見ると、
さっきまで無人だった店内に50代ほどのスーツ姿の男がいる。
スーツとコインランドリー、という絵的な組み合わせは、一瞬で僕に警戒信号を送った。
スーツの男が僕の洗濯機を開けた。その時、深呼吸は吸気のピークを迎えた。
いきなり現れた!!
僕は酸素でぱんぱんの肺を震わせて叫んだ。
「オイ!何してんねんゴラァ!!動くな!!」
【勝利】
大舞台でも、こんなに声を張ったことはない。
鳩がいたら逃げただろう、
マンガなら窓ガラスにヒビがはいっただろう、
という会心の声は、スーツの中年の動きを一瞬止めた。
僕は駆け出した。
すると、一瞬遅れて、スーツも動き出した。
まるで、無関係の人間であるかのように歩き出す男を追いかけた。
追いついた。
僕は男の腕をとって制止した。
が、男はまるで、僕が幽霊やハエであるかのように、歩くフォームを一切乱さなかった。
ズザザザザザザーーーーーーーー。
引っ張られながら、僕は男の首に腕を巻いて、ヘッドロックをかけた。
さすがに男は歩行を乱し、おそらく近所の人の通報で、警察官が駆けつけた。
”やったぞ。捕まえた”
そう思うやいなや、警察官は僕を羽交い締めにした。
「あーちがうんですぅ」
慣れ親しんだか細い声で弁明しながら、僕は頭の手ぬぐいを脱いだ。
勝った。
【敗北】
僕は憤慨した。
「そういうわけでやな、兄ちゃん、あのおっさんがブツ持っとったら、そりゃ犯人や、言えるけど、何も持ってへんようやで」
焦りすぎた。
男が確かに彼女の下着を盗んだあとならば犯人と言えたが、
この状況では、単に洗濯機を間違えた人、と変わらない。
しかし、納得いかない。
男は、コインランドリーに用もなく入店し、僕の洗濯機を開けたのだ。
目的に満ちた、迷いない手の動き、なにより、あの異様なオーラ。
絶対アイツだ!!おまわりさんだってそう思うでしょ!!
「兄ちゃんおちつけ。気持ちはわかる。ほな、任意で、軽く持ち物検査だけさせてもらおか」
警察官はそういって男のいる別室へ向かった。
「兄ちゃんちょっときて」
別室へ通されると、そこには、直立不動の男がいた。女装姿の。
【ザ・犯人】
浮いているブラジャー、片玉を隠しきれないパンティ、年齢相応にたるんだ肉体、
そして何よりも、キケンな人間特有の、ことをやらかす前、もしくは、やらかした後、
あるいは、その両方を感じさせる、焦点の不明な上目づかい。
なんですか、コレ?
「上着の内ポケット見させてもらお、おもたらシャツから何や透けとる。
脱いでもろたらブラしとる。下脱いでもろたら、パンティ履いとる」
決まりだった。
勝負はついた。
はずなのに。
男のオーラは一切の乱れなく、異常なままだった。
「この下着、兄ちゃんの彼女のやつか?」
見たことがない下着だった。余罪も多いのだろう。
ちがいますね、と答えた。
「ほな、犯人かどうかわかれへんな」
ザ・犯人じゃん!
おわり
先日、久しぶりのすべらない話が放送されて、録画を聞き流してるところです。
【下着泥棒】のお話と、【感情的な彼女】の話を気に入りました!!
というわけで、【下着泥棒】の話をお借りしました。
笑いと、笑えない欲望の狭間の時間
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池袋トシマ・ローレンス 03-5954-0599